~右耳を誰かのために~

アウトプットも兼ねて。

原始的にブログ引越し

アメブロからはてなブログに移行します。

これから書く内容は、完全にパクリです(笑)

 

ブログを始めようと思った時、何となくアメブロを選びました。

でもアメーバピグとかその他ゲームとかがあり、何となくごちゃごちゃしていると感じて自分には合わないなと思ったのでやめました。

元々Wordpressでブログをやってみたいと思っていたので、

移行機能があるらいい、この「はてなブログ」に引越します。

 

↓↓↓の記事はアメブロで書いたコピペです(*'▽')

 

 

 

2016年の10月より、手話講座を開いているとある団体にお世話になっております。

そこの団体の代表は、日本語対応手話と日本手話との間を取り持つ手話の必要性を感じている方です。

私はその考え方に共感したため、お世話になることを決めました。

 

要約筆記の活動をしていたとき、時々手話通訳が羨ましく思うことがありました。

 

手話には、資格があります。

資格が存在する時点で認知度が大きく違ってきます。

しかし、一番の魅力はそこではありません。

 

 

手話は、本番で道具が要らない!

 

 

要約筆記に必要な道具は、

手書きであれば紙とペン、場合によって

タブレット

パソコンはであればノートパソコン、場合によってはタブレット

私が所属していたNPO法人を例にとると、OHPにスクリーン、それらを繋ぐコードやら表示用のパソコンやら・・・。

車がないと持ち運べず、台車がないと会場に搬入するのに苦労することも。

 

手話は、体一つで会場に向かう。(・・・だろうと勝手に思っている。)

 

要するに、道具がなければ文章や話を要約して伝える手段がない。

 

 

私は高校時代に放送部、大学時代に合唱部に所属していました。

これらに共通することは、道具が要らないこと。

放送部の場合はアナウンス・朗読時に原稿や本が必要ですが、練習すれば案外暗記できていることがあります。

合唱部の場合はキーボードや楽譜が必要ですが、キーボードなんてパートに1台ずつあれば全員が練習できるし、楽譜なしでステージに上がることなんてしょっちゅうある。

 

これらの経験から、手話は本番で道具が要らないから羨ましいなと感じていました。

 

 

でも、本番で自分以外に頼れるものがないのは非常に怖い。

要約筆記は他の人に頼ることもできるし、分からない内容があれば交代のメンバーが情報をサッと仕入れることもできる。

手話は、1つの言語を習得するくらいの練習と慣れが必要で、それが資格として存在する理由でもあると最近感じるようになりました。

 

文字を記録に残すことができる要約筆記と、道具が要らない手話の立場の違いなんだなと思います。

 

 

 

以上、コピペ記事でした。